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20、二十 娜奥米比奈 ...

  •   她的黄包车走了之后,我浑浑噩噩地拿出怀表看了看时间。正好午后十二点三十六分……啊,对了,刚才她从曙楼出来的时候是十一点,然后我们大吵了一架,结论未落,形势就变了,至今生活在这里的她已经不在了。中间只有一个小时又三十六分钟……
      人们屡有这样的习惯:当自己所护理的病人临终时,或是遭遇大地震时,都会不自觉地看表。我当时突然拿出手表看,大概也是出于同样的心情吧。
      大正某年十一月某日下午零点三十六分——此时此刻,我终于和娜奥米分手了。我和她的关系,也许会在这一刻宣告终结……

      “暂时松了一口气!放下包袱了!”

      这段时间的明争暗斗让我筋疲力尽,想到这里,我就心不在焉地坐在椅子上发呆。
      一瞬间就像“啊,太感谢了,终于解放了”一样,神清气爽。不单是精神上疲劳,生理上也疲劳了,与其是我想好好休养一次,毋宁说是我的肉.体发出痛切的要求。
      如果这样比喻:娜奥米是一种烈性很强的酒,明知喝多了会对身体有害,但每日每日都能闻到那芳醇的香气,看到盛满的酒杯,我就忍不住喝了。随着酒液饮下去,酒毒渐渐涌上身体各个部位,浑身酸疼、发软,后脑勺像浸了铅一样沉重,突然站起来会头晕目眩,几乎要仰面朝后倒下。而且,经常宿醉对胃不好、记忆力衰退、为所有的事都丧失兴趣,如同病人一样没有精神。
      脑子里浮现出的只有娜奥米那奇妙幻象,这幻象有时会像打嗝一般恶心着我的胸口,她的气味、汗水、油脂始终闷在鼻子上——现在,“眼毒”娜奥米不见了,入梅的天空一下子放晴了。

      但就像刚才所说,那完全是一瞬间的感觉,老实说,那种爽快的感觉只持续了大约一个小时。我的身体再怎么强健,也不可能在短短一个小时内就消除疲劳吧。
      我坐在椅子上刚松了一口气,不一会儿,脑海里又浮现出娜奥米刚才吵架时异常惊人的容貌。“男人越是憎恨她,她就越美丽”,这是她那一瞬间的面孔——那是一副我杀了她也嫌不够的可恨的淫.妇模样,永远烙印在我的脑海里,想抹也抹不掉。
      不知怎的,随着时间的流逝,它越发清晰地呈现在我眼前,直到现在我还觉得它正瞪着我,而且那种可憎之情渐渐变成了深不可测的美丽。
      仔细想想,她脸上溢满的那种妖艳神情,我竟是之前一次也没见过。毫无疑问,那是邪恶的化身,同时也是她的身体和灵魂所拥有的所有美在最高潮时的盛大姿态。刚才吵架的时候,我不仅被她的美扑倒,更在心中呐喊“好美啊”。
      为什么当时不跪倒在她脚下呢?我一直都是一个优柔寡断又没有主见的人,不管当时我有多愤怒,是如何敢向那位可怕的女神破口大骂,以至于大打出手的呢?自己哪里来的如此鲁莽的勇气?
      我越想越发觉得不可思议,甚至对这种鲁莽和勇气产生了怨恨。

      “你真是个笨蛋!坏了事!哪怕她有一点小小的不适宜,也可以用‘那张脸’来抹消!那样的美,以后绝对不会再出现于世间了。”
      我开始觉得有人这么指责我。
      啊,是啊,自己确实是做了件无聊的事。我一直小心谨慎,生怕惹她生气,结果却变成这样,一定是我着了魔。这种念头不知从哪里冒了出来。

      就在一小时前,我还那样把她当作包袱,诅咒她的存在,现在却反过来诅咒自己,为自己的轻率感到后悔,这是怎么回事?那么可恨的女人,竟然让我如此怀恋?这种剧烈的心理变化连我自己都无法解释,恐怕是只有爱神大人才知道的谜。
      我不知什么时候站了起来,在房间里走来走去,想了很久。怎么做才能治愈这份爱慕之情呢?我怎么想都找不到治愈的方法,越想越觉得她很美丽。
      过去五年共同生活的场景历历在目,啊,当时是她是这么说话的,那样的脸、那样的眼睛、那样的风姿,不断地浮现在脑海里,无一不是留恋的种子。殊知令我难忘的是,她十五六岁时,每天晚上我都为泡在西洋浴室里的她擦洗身体。其次我作为马,让骑在她背上,“驾驾,吁吁”地在房间里爬来爬去玩。
      ——为什么我会对这种无聊的事情如此怀念?实在是太愚蠢了。
      不过,如果她以后再回到我身边,我一定会先去玩那个游戏。让她再跨到背上来,在这个房间里爬一爬。如果能做到这一点,我该有多高兴啊,我幻想着那是无上的幸福。
      不,这不仅仅是我的空想,我对她爱恋之余,总是不由自主地趴在地板上,在房间里爬上一圈,仿佛她的身体还压在我的背上似的。然后,我——在这里写也未免太丢脸了——上了二楼,把她的旧衣服翻出来,放好几件在背上,把她的足袋套进双手上,又在房间里匍匐着爬走。

      从一开始就读这个故事的读者,大概还记得,我有一本题为《娜奥米的成长》的纪念帖。那是我在为她泡澡、洗身体的时候,详细记录了她四肢日益发达的样子,也就是作为少女娜奥米渐渐长大成人的样子——一种像专家那样记录的日记账。
      我当时拍下了娜奥米各种表情、各种姿态变化的照片,贴在那本日记账上面。我想,这至少能缓解对她的怀念,所以我从书箱底部抽出那本长久以来沾满灰尘的账簿,按顺序翻开看。
      这些照片绝对不能给外人看的,所以,我自己进行了冲洗和烫印。大概是水洗技术不佳,现在长满了雀斑一样的斑点。有些照片甚至已经完全过时,就像古旧的画像一样朦胧,但这反而因此让人更加怀念,宛如是十年二十年以前的事了……仿佛追回了儿时遥远的梦。
      而且,那时候她喜欢穿各种各样的奇装异服,奇怪的、轻快的、奢侈的、滑稽的,几乎无一遗漏。某一页上有一张她身穿天鹅绒西装的男装照。再往下一翻,只见她身上裹着薄薄的棉华而纱,像雕像般在树荫下耸立着。接着又出现了一件闪闪发光的襦子羽织和襦子着物,胸前系着一条窄带子,外面还戴着一条蝴蝶结半襟。
      此外还有数不清的表情动作和模仿女.优的姿态照——玛丽·璧克馥的笑容啦、格洛丽亚·斯旺森的双眸啦、葆拉·奈格里的纵情一跃啦、比布·丹尼尔的风趣势态啦、还有愤然者、嫣然者、竦然者、茫然者……
      随着视线的推移,她的脸和身体都在一一发生变化,足以说明她对这类事情是多么敏感、灵巧、伶俐。

      ‘啊,她跑了!我真的让一个不得了的女人逃走了!’
      我的心在发狂,不甘心地捶胸顿足,但仍旧翻看着日记,发现还有好几张照片。
      拍摄方法越来越细微,每一个部分都要放大特写:鼻、眼、唇、指、臂、肩、背、腿、腕、踝、肘、膝、足,犹如拍摄希腊的雕塑或奈良的佛像,以至于娜奥米的身体完全变成了艺术品。在我看来,她实际上比奈良的佛像还似完璧,仔细眺望,甚至会涌起宗教般的感激。
      啊,我到底是作何打算才拍下这么精密的照片的呢?难道我早有预感,它们总有一天会成为悲伤的纪念吗?

      我那颗爱上娜奥米的心,正以加速度前进着。
      天已经黑了,窗外的星星闪烁,甚至有些寒意侵袭,但我从早上十一点开始就没有吃饭,也没有生火,连开灯的力气都没有,只好在渐渐变暗的家里走到二楼。
      “笨蛋!”我一边说着一边敲打自己的头,对着空房般寂静的画室的墙壁喊着,“娜奥米,娜奥米!”我叫着她的名字,最后绝望地把额头按在地板上摩擦。
      无论如何,我都必须挽回她。我绝对无条件地在她面前投降。她说的、想要的,我全都服从……
      不过,她现在在做什么呢?带了那么多行李,一定是从东京站坐车去的吧。这样的话,到浅草的家应该要站五六个小时。她对老家的人实话实说了被赶出来的理由吗?那个不服输的人,或许会胡说八道着蒙骗着姐姐和哥哥,以为她只是暂时的离家出走呢?她非常讨厌别人说自己是千束町下流人家的女儿,把母亲和同胞都当作无智无谋的人种对待,很少回乡里——这个不和谐的家族,现在正在讨论怎样的善后对策呢?
      姐姐和哥哥当然要她去道歉,娜奥米当然会强硬到底:“我绝对不会去道歉的,找个人把行李拿过来就行。”她似乎完全不知道担心是何物,一派若无其事地开着玩笑,气焰嚣张,还夹杂着英语,炫耀着自己的时髦衣裳和随身物品,简直就像贵族小姐造访穷人窟一样,到处摆架子……

      不过,不管娜奥米怎么说,反正事件就是事件,它就在这里,总不会当它什么也没发生过——应该很快就有人赶过来,但是……如果她本人说“我不去道歉”,她的姐姐或哥哥就该代替她来了……如果娜奥米的母亲姐兄谁都不关心她呢?
      就像娜奥米对她们冷淡一样,她们从以前开始就不对娜奥米负任何责任。“那孩子,都托付给你了。”她们的意思是,把十五岁的女儿交给我,随我的便。
      所以这次也会放纵娜奥米,让她为所欲为吗?即使是这样打算的话,也应该会来取行李的吧。离别时我对她吼:“滚回去再使人过来,把你的行李都拉走!”可到现在还没人来,这是怎么回事?虽然换洗衣服和随身物品都一通拿走了,但她的“第二生命”——礼服还有好几件。
      反正她不可能在那脏乱的千束町混上一天,每天每天都要打扮得时尚去羡煞邻居。如果是这样的话,那她就更需要衣裳了;如果没有衣裳的话,那她就无法忍受了……

      可是那天晚上,我等了半天都不见娜奥米使人过来。
      我一直等到四周一片漆黑,突然想到万一被误认为是空房就糟了,才慌慌张张地把家里所有房间的电灯都打开,我又出去看了看门牌有没有掉下来,然后把椅子搬到门口,在外面听了不知几个小时的脚步声,一直到八点、九点、十点、十一点……
      终于过了整整一天,我从早等到晚,也没有任何消息。于是,我的心跌入了悲观深渊里,又产生了各种无法遏止的臆测。
      娜奥米不使人来,说明她对事件的看法很轻描淡写,以为两三天就能解决。“没事的,他已经爱上我了,没有我他一天也待不下去,他一定会来接我的”,这正是她足智多谋的表现,不是吗?她也知道,一直以来习惯奢侈生活的人,根本无法在那种环境下生活。话虽如此,可就算她去找外面那些男人,也没有比我更爱护她、让她随心所欲的人了。娜奥米这家伙明明知道这些,嘴上硬要逞强,心里却在等着我来接吧。或者明天早上,她的姐姐或哥哥终于要来调解了?
      千束町的晚上生意很忙,可能有不在早上就出不来的苦衷。不管怎么说,使者不来反而有一线希望。如果到了明天还没有音讯,我就去迎接她。
      事已至此,我已经不再有什么傲气和名声了,不过我本来就是因为这种傲气才失策的。就算被原生家庭嘲笑,就算被她看穿了我的底线,我也要出门向她道歉,还要拜托她的姐姐和哥哥帮忙。
      “这是我毕生的请求,请你回来吧。”我要对她说一百万遍。这样一来,她也会有面子,就该大摇大摆地回来了吧。

      我几乎一夜没睡,一直等到第二天下午六点左右,还是没有任何消息,我再也按捺不住,冲出家门,急急忙忙赶到浅草。
      我想尽快见到她,只要看到她的脸我就安心了!——坠入情网指的就是那时的我吧,我的心中只有“想见你、想见你”的愿望。

      千束町那错综复杂的路况里,她的原生家庭就在花房后面。我到达的时候大概是七点左右。实在是感到难堪,我悄悄拉开格子门:
      “那个,我是从大森来的,娜奥米在吗?”
      站在土间①里小声问。

      “啊,河合先生。”姐姐听了我的话,从隔壁房间探出头来,一脸惊讶,“诶,娜奥米?……不,她不在。”

      “那也太可笑了,她不可能不来的。她昨天晚上可是说要来拜访这里的,所以……”

      ·

      注:
      ①土间:日本建筑中,构成家居内部一部分的一种室内设计。在日本的传统民家或仓库的室内空间里,人类生活起居的空间被柱区分成高于地面并铺设木板等板材的地板,以及与地面同高的土间两个部分。

      ·

      彼女の俥が行ってしまうと、私はどう云う積りだったか直ぐに懐中時計を出して、時間を見ました。ちょうど午後零時三十六分、………ああそうか、さっき彼女が曙楼を出て来たのが十一時、それからあんな大喧嘩をしてあッと云う間に形勢が変り、今まで此処に立っていた彼女がもう居なくなってしまったんだ。その間が僅かに一時間と三十六分。………人は屡屡、看護していた病人が最後の息を引き取る時とか、又は大地震に出っ会した時とかに、覚えず知らず時計を見る癖があるものですが、私がその時ふいと時計を出して見たのも大方それに似たような気持だったでしょう。大正某年十一月某日午後零時三十六分、―――自分はこの日のこの時刻に、遂にナミと別れてしまった。自分と彼女との関係は、この時を以て或は終焉を告げるかも知れない。………

      「先ずほッとした! 重荷が下りた!」

      何しろ私はこの間じゅうの暗闘に疲れ切っていた際だったので、そう思うと同時にぐったり椅子に腰かけたままぼんやりしてしまいました。咄嗟の感じは、「ああ有難い、やっとのことで解放された」と云うような、せいせいとした気分でした。それと云うのが私は単に精神的に疲労していたばかりでなく、生理的にも疲労していたので、一度ゆっくり休養したいと云うことは、寧ろ私の肉.体の方が痛切に要求していたのです。たとえばナミと云うものは非常に強い酒であって、あまりその酒を飲み過ぎると体に毒だと知りながら、毎日々々、その芳醇な香気を嗅がされ、なみなみと盛った杯を見せられては、矢張私は飲まずにはいられない。飲むに随って次第に酒毒が体の節々へ及ぼして来て、ひだるく、ものうく、後頭部が鉛のようにどんより重く、ふいと立ち上ると眩暈がしそうで、仰向けさまにうしろへ打っ倒れそうになる。そしていつでも二日酔いのような心地で、胃が悪く、記憶力が衰え、すべての事に興味がなくなり、病人か何ぞのように元気がない。頭のなかには奇妙なナミの幻ばかりが浮かんで来て、それが時々おくびのように胸をむかつかせ、彼女の臭いや、汗や、脂が、始終むうッと鼻についている。で、「見れば眼の毒」のナミが居なくなったことは、入梅の空が一時にからッと晴れたような工合でした。

      が、今も云うようにそれは全く咄嗟の感じで、正直のところ、そのせいせいした心持が続いたのは、一時間ぐらいなものだったでしょう。まさか私の肉.体がいくら頑健だからと云って、ほんの一時間やそこらの間に疲労が恢復し切った訳でもありますまいが、椅子に腰かけてほっと一と息ついたかと思うと、間もなく胸に浮かんで来たのは、さっきのナミの、あの喧嘩をした時の異常に凄い容貌でした。「男の憎しみがかかればかかる程美しくなる」と云った、あの一刹那の彼女の顔でした。それは私が刺し殺しても飽き足りないほど憎い憎い淫婦の相で、頭の中へ永久に焼きつけられてしまったまま、消そうとしてもいっかな消えずにいたのでしたが、どう云う訳か時間が立つに随っていよいよハッキリと眼の前に現れ、未だにじーいッと瞳を据えて私の方を睨んでいるように感ぜられ、しかもだんだんその憎らしさが底の知れない美しさに変って行くのでした。考えて見ると彼女の顔にあんな妖艶な表情が溢れたところを、私は今日まで一度も見たことがありません。疑いもなくそれは「邪悪の化身」であって、そして同時に、彼女の体と魂とが持つ悉くの美が、最高潮の形に於いて発揚された姿なのです。私はさっきも、あの喧嘩の真っ最中に覚えずその美に撲たれたのみならず、「ああ美しい」と心の中で叫んだのでありながら、どうしてあの時彼女の足下に跪いてしまわなかったか。いつも優柔で意気地なしの私が、いかに憤激していたとは云えあの恐ろしい女神に向って、どうしてあれほどの面罵を浴びせ、手を振り上げることが出来たか。自分のどこからそんな無鉄砲な勇気が出たか。―――それが私には今更不思議なように思われ、その無鉄砲と勇気とを恨むような心持さえ、次第に湧き上って来るのでした。

      「お前は馬鹿だぞ、大変なことをしちまったんだぞ。ちっとやそっとの不都合があっても、それと『あの顔』と引き換えになると思っているのか。あれだけの美はこの後決して、二度と世間にありはしないぞ」

      私は誰かにそう云われているような気がし始め、ああ、そうだった、自分は実につまらないことをしてしまった。彼女を怒らせないようにと、あんなに不断から用心していながら、こういう結末になったというのは魔がさしたのに違いないんだと、そんな考が何処からともなく頭を擡げて来るのでした。

      たった一時間前まではあれほど彼女を荷厄介にし、その存在を呪った私が、今は反対に自分を呪い、その軽率を悔いるようになったと云うのは? あんなに憎らしかった女が、こんなにも恋しくなって来るとは? この急激な心の変化は私自身にも説明の出来ないことで、恐らく恋の神様ばかりが知っている謎でありましょう。私はいつの間にか立ち上って、部屋を往ったり来たりしながら、どうしたらこの恋慕の情を癒やすことが出来るだろうかと、長い間考えました。と、どう考えても癒やす方法は見付からないで、ただただ彼女の美しかったことばかりが想い出される。過去五年間の共同生活の場面々々が、ああ、あの時にはこう云った、あんな顔をした、あんな眼をしたと云う風に、後から後からと浮かんで来て、それが一々未練の種でないものはない。殊に私の忘れられないのは、彼女が十五六の娘の時分、毎晩私が西洋風呂へ入れてやって体を洗ってやったこと。それから私が馬になって彼女を背中へ乗せながら、「ハイハイ、ドウドウ」と部屋の中を這い廻って遊んだこと。―――どうしてそんな下らない事がそんなにまでも懐かしいのか、実に馬鹿げていましたけれど、若しも彼女がこの後もう一度私の所へ帰って来てくれたら、私は何より真っ先にあの時の遊戯をやって見よう。再び彼女を背中の上へ跨がらせて、この部屋の中を這って見よう。それが出来たら己はどんなに嬉しいか知れないと、まるでその事をこの上もない幸福のように空想したりするのでした。いや、単に空想したばかりでなく、私は彼女が恋しさの余り、思わず床に四つ這いになって、今も彼女の体が背中へぐッとのしかかってでもいるかのように、部屋をグルグル廻ってみました。それから私は、―――此処に書くのも耻かしい事の限りですが、―――二階へ行って、彼女の古着を引っ張り出してそれを何枚も背中に載せ、彼女の足袋を両手に篏めて、又その部屋を四つン這いになって歩きました。

      この物語を最初から読んでおられる読者は、多分覚えておられるでしょうが、私は「ナミの成長」と題する一冊の記念帖を持っていました。それは私が彼女を風呂へ入れてやって、体を洗ってやっていた頃、彼女の四肢が日増しに発達する様を委しく記して置いたもので、つまり少女としてのナミがだんだん大人になるところを、―――ただそればかりを専門のように書き止めて行った一種の日記帳でした。私はその日記のところどころに、当時のナミのいろいろな表情、ありとあらゆる姿態の変化を写真に撮って貼って置いたのを思い出し、せめて彼女を偲ぶよすがに、長い間埃にまみれて突っ込んであったその帳面を、本箱の底から引き摺り出して順々にページをはぐって見ました。それらの写真は私以外の人間には絶対に見せるべきものではないので、自分で現像や焼き付けなどをしたのでしたが、大方水洗いが完全でなかったのでしょう。今ではポツポツそばかすのような斑点が出来、物によってはすっかり時代がついてしまって、まるで古めかしい画像のように朦朧としたものもありましたけれど、そのために却って懐かしさは増すばかりで、もう十年も二十年もの昔のこと、………幼い頃の遠い夢をでも辿るような気がするのでした。そしてそこには、彼女があの時分好んで装ったさまざまな衣裳やなりかたちが、奇抜なものも、軽快なものも、贅沢なものも、滑稽なものも、殆ど剰す所なく写されていました。或るページには天鵞絨の背広服を着て男装した写真がある。次をめくると薄いコットン·ボイルの布を身に纏って、彫像の如く彳立している姿がある。又その次にはきらきら光る繻子の羽織に繻子の着物、幅の狭い帯を胸高に締め、リボンの半襟を着けた様子が現れて来る。それから種々雑多な表情動作や活動女優の真似事の数々、―――メリー·ピクフォードの笑顔だの、グロリア·スワンソンの眸だの、ポーラ·ネグリの猛り立ったところだの、ビーブ·ダニエルの乙に気取ったところだの、憤然たるもの、嫣然たるもの、竦然たるもの、恍惚たるもの、見るに随って彼女の顔や体のこなしは一々変化し、いかに彼女がそう云うことに敏感であり、器用であり、怜悧であったかを語らないものとてはないのでした。

      「ああ飛んでもない! 己はほんとに大変な女を逃がしてしまった」

      私は心も狂おしくなり、口惜しまぎれに地団太を蹈み、なおも日記を繰って行くと、まだまだ写真が幾色となく出て来ました。その撮り方はだんだん微に入り、細を穿って、部分々々を大映しにして、鼻の形、眼の形、唇の形、指の形、腕の曲線、肩の曲線、背筋の曲線、脚の曲線、手頸、足頸、肘、膝頭、足の蹠までも写してあり、さながら希臘の彫刻か奈良の仏像か何かを扱うようにしてあるのです。ここに至ってナミの体は全く芸術品となり、私の眼には実際奈良の仏像以上に完璧なものであるかと思われ、それをしみじみ眺めていると、宗教的な感激さえが湧いて来るようになるのでした。ああ、私は一体どう云う積りでこんな精密な写真を撮って置いたのでしょうか? これがいつかは悲しい記念になると云うことを、予覚してでもいたのでしょうか?

      私のナミを恋うる心は加速度を以て進みました。もう日が暮れて窓の外には夕の星がまたたき始め、うすら寒くさえなって来ましたが、私は朝の十一時から御飯もたべず、火も起さず、電気をつける気力もなく、暗くなって来る家の中を二階へ行ったり、階下へ降りたり、「馬鹿!」と云いながら自分で自分の頭を打ったり、空家のように森閑としたアトリエの壁に向いながら「ナミ、ナミ」と叫んでみたり、果ては彼女の名前を呼び続けつつ床に額を擦りつけたりしました。もうどうしても、どうあろうとも彼女を引き戻さなければならない。己は絶対無条件で彼女の前に降伏する。彼女の云うところ、欲するところ、総べてに己は服従する。………が、それにしても今頃彼女は何しているだろう? あんなに荷物を持っていたから、東京駅からきっと自動車で行っただろう。そうだとすると浅草の家へ着いてから五六時間は立っている筈だ。彼女は実家の人々に対し、追い出されて来た理由を正直に話したろうか? それとも例の負けず嫌いで、一時遁れの出鱈目を云い、姉や兄貴を煙に巻いてでもいるだろうか?千束町で卑しい稼業をしている実家、そこの娘だと云われることをひどく嫌って、親兄弟を無智な人種のように扱い、めったに里へ帰ったことのない彼女。―――この不調和な一族の間に、今頃どんな善後策が講ぜられているだろう?姉や兄貴は勿論詫りに行けと云う、「あたしは決して詫まりになんか行くもんか。誰か荷物を取って来てくれろ」と、ナミは何処までも強気に出る。そして殆ど心配などはしていないように、平気な顔で冗談を云ったり、気焔を吐いたり、英語交りにまくし立てたり、ハイカラな衣裳や持ち物などを見せびらかしたり、まるで貴族のお嬢様が貧民窟を訪れたように、威張り散らしていやしないか。………

      しかしナミが何と云っても、とにかく事件が事件であるから、早速誰かが飛んで来なければならない筈だが、………若し当人が「詫まりになんか行かない」と云うなら、姉か兄貴が代りにやって来るところだが、………それともナミの親兄弟は誰も親身にナミのことを案じてなんぞいないのだろうか? ちょうどナミが彼等に対して冷淡なように、彼等も昔からナミに就いては何の責任も負わなかった。「あの児のことは一切お任せします」と、十五の娘を此方へ預けッ放しにして、どうでも勝手にしてくれと云う態度だった。だから今度もナミのしたい放題にさせて、打ッちゃらかして置くのだろうか? それならそれで荷物だけでも受け取りに来そうなものではないか。「帰ったら直ぐに使を寄越せ、荷物はみんな渡してやるから」とそう云ってやったのに、未だに誰も来ないと云うのはどうしたんだろう?着換えの衣類や手周りの物は一と通り持って行ったけれど、彼女の「命から二番目」である晴れ着の衣裳はまだ幾通りも残っている。どうせ彼女はあのむさくろしい千束町に一日燻っている筈はないから、毎日々々、近所隣を驚かすような派手な風俗で出歩くだろう。そうだとすれば尚更衣裳が必要な訳だし、それがなくてはとても辛抱出来ないだろうに。………

      けれどもその晩、待てど暮らせどナミの使は来ませんでした。私はあたりが真っ暗になるまで電燈をつけずに置いたので、若しも空家と間違えられたら大変だと思って、慌てて家じゅうの部屋と云う部屋へ明りを燈し、門の標札が落ちていやしないかと改めて見、戸口のところへ椅子を持って来て何時間となく戸外の足音を聞いていましたが、八時が九時になり、十時になり、十一時になっても、………とうとう朝からまる一日立ってしまっても、何の便りもありません。そして悲観のどん底に落ちた私の胸には、又いろいろな取り止めのない臆測が生じて来るのでした。ナミが使を寄越さないのは、事に依ったら事件を軽く見ている証拠で、二三日したら解決がつくとたかを括っているんじゃないかな。「なに大丈夫だ、向うはあたしに惚れているんだ、あたしなしには一日も居られやしないんだから、迎いに来るに極まっている」と、懸引をしているんじゃないかな。彼女にしたって今まで贅沢に馴れて来たのが、あんな社会の人間の中で暮らせないことは分っているんだ。そうかと云って外の男の所へ行っても、己ほど彼女を大事にしてやり、気随気儘をさせて置く者はありゃしないんだ。ナミの奴はそんなことは百も承知で、口では強がりを云いながら、迎いに来るのを心待ちにしているんじゃないかな。それとも明日の朝あたりでも、姉か兄貴がいよいよ仲裁にやって来るかな。夜が忙しい商売だから、朝でなければ出られない事情があるかも知れない。何しろ使が来ないと云うのは却って一縷の望みがあるんだ。明日になっても音沙汰がなければ、己は迎いに行ってやろう。もうこうなれば意地も外聞もあるもんじゃない、もともと己はその意地でもって失策ったんだ。実家の奴等に笑われようと、彼女に内兜を見透かされようと、出かけて行って平詫りに詫まって、姉や兄貴にも口添えを頼んで、「後生一生のお願いだから帰っておくれ」と、百万遍も繰り返す。そうすれば彼女も顔が立って、大手を振って戻って来られよう。

      私は殆どまんじりともしないで一と夜を明かし、明くる日の午後六時頃まで待ちましたけれど、それでも何の沙汰もないので、もうたまりかねて家を飛び出し、急いで浅草へ駈け付けました。一刻も早く彼女に会いたい、顔さえ見れば安心する!―――恋い焦がれるとはその時の私を云うのでしょう、私の胸には「会いたい見たい」の願いより外何物もありませんでした。

      花屋敷のうしろの方の、入り組んだ路次の中にある千束町の家へ着いたのは大方七時頃でしたろう。さすがに極まりが悪いので私はそっと格子をあけ、「あの、大森から来たんですが、ナミは参っておりましょうか?」

      と、土間に立ったまま小声で云いました。

      「おや、河合さん」と、姉は私の言葉を聞きつけて次の間の方から首を出しましたが、怪訝そうな顔つきをして云うのでした。

      「へえ、ナミちゃんが?―――いいえ、参ってはおりませんが」

      「そりゃ可笑しいな、来ていない筈はないんですがな、昨夜此方へ伺うと云って出たんですから。………」

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