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5、5 その夜、悟 ...
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その夜、悟から「これ葵チャンから預かりました」と云って手わたされた浅黄色の封筒を、宗聖は憮然として受け取った。
悟は20歳という若さの割には、信じられないくらい目端が利き、頭がいい。きっと宗聖と葵のことも上手に聞き出すに違いない。
全く勘ぐることのない邪気のない笑顔を向けてくる悟に、宗聖はため息混じりに聞いた。
「これどうした?」
「一番に来ましたよ?」
「で?」
「別に何も。」
「悟!」
「はいはい。えーっと、背の高い髪の長い男の人はいますか?って聞かれたんで、宗聖さんのファン?って聞いたらキョトンとしていたので、取り合えずウーロン茶を出して座らせました。あっウーロン茶は俺のおごりです。伝票取ってません。」
「そうか・・・。」
「で、宗聖さんは10時過ぎないと来ないって云ったら、とっても気落ちしてるんで、何か言づける?って一応聞いてあげたんです。」
宗聖は、悟が普段はそんなことをしないことを知っている。
「で?」
「で、これを預かりました。でも、誰だかわからない人から大事なオーナーへの手紙は預かれないんで名前を聞きました。名前は山下葵ちゃん。源氏物語を引き合いに出したら、困ったような顔をしていたんで、葵の上と比較されるのが苦手みたいですよ。」
そこまで悟は見ていた。
「わかった。サンキューな。それから俺は少し裏で片付けがあるから11時位まで表頼むな。」
宗聖の言葉は、悟に事務室を出て行けという意味だったので、悟はニヤッと笑うと何も云わずカウンターに戻った。
全く、わざわざこんなとこまで来て。そう思いながら宗聖は葵が置いていった封筒をあけた。キレイに折りたたんだ便箋からはタクシー代とおぼしき金額が出てきた。多すぎない金額がやけに彼女らしい。もう1枚のメモ用紙にはお礼の言葉が書いてあった。署名はない。
タクシー代が包んであった便箋と封筒はお揃いの浅黄色で初夏らしさが漂い、宵闇から活動を始める生活に馴染み始めていた宗聖を、明るい日の光に迷いこませた。
変な子だ。全く世間知らずのお嬢様みたいなのに、大人のような気配りをする。きっと大人の世界で育った子なのだろう。自分も大人の世界で育ったはずなのにこの違いは何だ。
宗聖は厳しすぎた環境をふり帰らないようにして生きてきた。
父親は熱海では知らないものがない組の幹部構成員だった。息子のいない親分から可愛がられ、宗聖とその兄秋芳は養子縁組の話が始終付きまとっていた。そのせいか子供の頃から護衛に守られての生活が続き、母親は心労で寝込み、入退院を繰り返していた。結局、組は兄が養子縁組の末、継いだ。5歳違いの兄は親分の親戚筋から嫁を貰い、立派に跡目を継いでいる。そして養子縁組を逃れた弟には自分の生きたいように生きろといい、自由を許してくれた。父もそれを受け入れた。その結末を確かめると母は他界した。3年前のことだった。ヤクザの構成員であることが負い目だった父は母名義の土地を確保することで万が一の時に備えたつもりだったようだ。その母の土地を父と兄の計らいによって宗聖が受継いだ。
社会に出ることをためらって大学院に残っていた宗聖は、それを機会にひとり立ちすることにした。そして1年後、宅建(宅地建物取引主任者)の資格を取ると相続した土地の運用を始めた。郊外の土地は沿線工事や住宅地としての需要がピークに達していたので売り払った。その資金を元に地元熱海を離れ横浜に移った。横浜駅前の抵当に入っていたビルを買い取り、インテリジェンスビルに立て替えた。今では大手のソフトウェア会社がビルの半分のフロアを占め条件のよい契約が出来ている。横浜で半年もすると熱海の海が懐かしくなって海の見える場所を捜し求めた。そして1年前に鎌倉の物件に飛びついた。相続した土地は東京都心にも1つありそこが安定していることもあって、不動産の仕事がつまらなくなってもいた。そんな折、鎌倉でいきつけになったゲイバーのオーナーから駅前の繁華街のビルが売りに出されることを聞きつけそのビルを買い取ることにした。
そしてはじめたのがそのビルの地下1階の店「ソリチュード」だった。
店名は前のオーナーがつけたまま。そのほうが客に受ける。常連はオーナーが代わっている事など気にも留めないことを熟知してのことだった。
宗聖はその育ちのせいか男達を嗅ぎ分けた。やくざな客は断わった。未成年も追い返した。最初はいくばくかの嫌がらせもあったが徐々に立ち消えた。裏に兄や父の意向があったのかどうか、あえて聞かなかった。二人も何も云っては来なかった。ただオープンの時、裏の世界ではそれと知れた名前の花が届けられたことは、ひそかな地元の噂にはなったようだ。そして徐々に宗聖の店は安心して遊べる大人の場所として認められていった。早い時間はサラリーマンやOLたちが、遅くなると8時9時に店を閉めるサービス業の人たちが、深夜になると、更に夜の商売の人たちが骨休めにやってくるようになった。
宗聖は夜半の客を対象にカウンターに入ることにし、早い時間のカウンターは客受けする若いスタッフを探した。
そこで見つけたのが悟だった。悟は年齢をごまかしホストとして働いていた。新宿に出張って働けばそこそこの地位に上り詰める才能は持っていたが、なにせシニカルな性格が出すぎる。宗聖はその部分を買った。
そして20歳になったらソリチュードに引き抜きたいと、店のオーナーに申し入れたほどだ。オーナーは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、みんな影で引き抜くんだと云いながらもその申し出を受けた。あとは本人次第というわけだ。
そして宗聖は20歳の誕生日の翌日、悟を引き抜いた。
悟は宗聖の期待以上に活躍した。早い時間の客が1ヶ月で既にリピートしていた。そして女性客が増えた。その半分は2次会・3次会で流れてきた客が宗聖目当てに早い時間に訪れた際に、まんまと悟の術中にはまった客だ。悟はそれを楽しんでいる。宗聖もその悟の力を頼みにしていた。7歳年下の悟はたった3ヶ月で宗聖の片腕になった。
宗聖は珍しく勢いで通り過ぎたこの数年をふりかえった。葵の無垢な行動が原因だった。
返されたタクシー代は宗聖にとってはなんら意味を持たない金額だったが、葵にとってはとても大事な金額だったのだろう。
折しわのないピン札というのも何ともいえずおかしかった。変な子だ。
悟がウーロン茶を出したのならやはり未成年だろう。どんな思いでここまで来たのだろう。
宗聖は葵の必死の思いが手に取るようにわかった。きっと凄い決断をしてきたに違いない。俺がいなくてホッとしただろうか?それとも・・・。
そんな無意味な想像に宗聖は自分を笑った。
俺はあの子をどうするつもりだ?どうにもなりはしない。あの子は少女と云っていいくらいに成熟していない。心も体も。そんな子供に・・・・。
宗聖はそれ以上考えるのを止めた。