晋江文学城
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8、8 「宗聖、久 ...

  •   「宗聖、久しぶりだな。」
      秋芳(しゅうほう)は深夜、数人のガードや幹部と共に現れた。彼らを奥のテーブルに座らせ運転手以外にボトルを注文すると、秋芳はカウンターに1人座った。最初に来た時もそうだった。
      カウンター越しに兄弟はグラスを傾けた。
      「兄貴、相変わらずいい男っぷりだな。」
      「弟に云われても有難くないな。」

      秋芳は上背があり押し出しが強い。やや細身の宗聖と並ぶと体格のよさが目立つ。ただ顔は秋芳の方が2枚目といえる。目の厳しさは兄弟共だが、秋芳のほうが唇が薄く、ストイックな感が残り、鋭さがある。
      宗聖はその点、唇がやや厚く、精悍な顔立ちには傲慢さが残る。

      「親父は?」
      文字通り2人の父親のことだ。
      「元気だ。最近は焼き物に凝っているらしい。」

      秋芳が海藤の養子に入り、関係方面への挨拶を済ませ、杯ごとが全て終わったあと、父は組を辞した。養子に入った息子と組幹部という立場は微妙になりすぎる。それを踏まえて養子縁組が固まり始めた時から先代と交わした約束事だった。先代は今でも現役だが、表の仕事は全て秋芳にまかせ、経過報告を受けるのみになっていた。

      そして西野の父は、唯一自分名義で残してあった箱根の山に引きこもり、隠居生活を送っている。西野の父の凄いところはそうやって蓄財をしたことだった。母名義の土地を購入したり、抵当落ちした物件を安く買ったりして酒や女に費やすことなく全てを母に与えた。だが父の重荷を背負うのがやっとだった母は実子の組への養子縁組に耐え切れず、父の引退をまたず逝ってしまった。

      「子供達は?」
      秋芳には2人の子供がいる。上は女の子で、下は男の子。可愛いさかりのはずだ。
      「2人とも元気だ。下は最近歩き回るようになって、カミさんも家の者たちも大変そうだ。」
      秋芳の奥さんは、組の姐になることを承知で嫁いできている。頼もしいことだ。
      「お前はどうなんだ?」
      「どうって?」

      しまった。これでは秋芳に情報を与えたのと一緒だ。思ったとおり秋芳の目が光った。
      「ほう?」
      「なにが、ほうだ。」
      「お前もう少しポーカーフェイスを覚えろ。今ので全部ばれたぞ。」
      「俺は何も云ってない。」
      「確かに何も云ってない、が全てを云ったのと同じだ。どうする気だ?」
      「どうもしない。」
      「ほう?」
      「またかよ、兄貴すこし性質(たち)が悪いぞ。弟にかまかけて楽しむな。」
      「そうでもしないと、お前はどうせ話してくれないだろう?」
      「どうもしないし、どうにかなるような相手でもない。だからほっといてくれ。」
      「わかっている。だがな・・・」
      「俺もわかっている。俺達は今現在戸籍上は赤の他人だ。それでも何かが起きればそうも云っていられない。そんな境遇を受け入れられる女性は少ない。そう云いたいんだろう?」
      「俺のせいでお前が苦しむことになるのを見たくない。だが結局は既に苦しませているのかもしれない。それが唯一の悔いだ。」
      「兄貴、俺は大丈夫だ。今のところ真剣に思い悩まなければいけない相手もいないし、当分はここでモグラ生活を楽しむつもりだ。兄貴が何をしようとしているのか知らないし、聞いても教えてくれないだろうが、俺が一人でいる限り、簡単に切り抜けられる。」
      「そうだな、お前はここで随分うまくやっているらしい。いい仲間も増えているだろう。」

      秋芳は情報収集に長けている。鎌倉あたりの裏事情など電話一本で確認できるにちがいない。
      「兄貴・・・」
      「ああ」
      「どのくらいだ?」
      「・・・・」
      兄もやはり弟を甘く見るわけにはいかない。秋芳が何かを画策し、それが悪い方に転んだ時、宗聖に被害が及ぶのを危ぶんでいる。万が一があれば2度と会えなくなることもある。
      「1年、いや半年。それ以上はかからない。」
      「そうか・・・」
      「連絡する。しばらくは無理だが、連絡できるようになったらする。」
      「わかった。」
      「ありがとう。」
      「気をつけろよ。子供達のためにも。」
      「ああ、お前も。」
      秋芳はグラスを傾け飲み干すと、カウンターに音を立てておいた。その音が合図となり、後ろに控えた全員が立ち上がった。数人が先に店を出ると外で待機していた数人と確認をする。
      入れ替わりに若いのが2人入ってきて奥のテーブルを片付け始める。秋芳は自分の財布から30万ほど取り出しカウンターに置いた。
      「多いよ。」
      「残りはお兄ちゃんから弟への小遣いだ。」
      「馬鹿なこといってないで。」
      「じゃあその気になる子に俺からのプレゼントを買ってやってくれ。」
      「だから・・・」
      「ダメか? じゃあ奥で待っている若いのにうまい飯でも食わしてやれ。」
      厨房には悟だけを残していた。他のスタッフは12時で帰してある。
      「わかった。」
      「またな」
      そういうと秋芳は入り口でドアを押さえているガードに頷くと颯爽と立ち去った。

      8ヶ月ぶりに会ったのに、30分カウンターにいて会話は5分もしていない。

      テーブルを片付けてくれた若い衆に封を切ったボトルを持たせて帰した。
      1本10万円のボトルが2本。

      ため息と共にグラスをシンクに並べ水を思いっきり流した。無性にやるせない。兄がもしかしたら危険なことになるかも知れないのに、その事情を知ることも回避させることもできない。何かが起きて宗聖が知ることになるのは、全て事後だ。最悪2度と生きた顔を見ることができないことにもなりうる。よくても塀の中。もしくは病院のベッド。
      全てうまく進み切り抜けられれば、半年後には何の心配もいらない日常を得ることができる。だが、そこに賭けるにはリスクが大きいのだろう。グッと力を込めた瞬間に手の中のグラスが割れた。

      「宗聖さん。血が出てます。」
      奥からでてきた悟がグラスを握り締めている宗聖に飛びついた。
      「ああ」
      「もう何やってるんですか。グラス破片取りますから手動かさないで。」
      悟は開かせた宗聖の左手からグラスを取り除き、小さな破片が残っていないか流れ出る血をタオルでふき取りながら確かめた。そうしてからキレイなタオルでもう一度くるむ。
      「早く病院行きましょう。縫わないとダメかも。」
      手の平を心臓より上に持ち上げさせて悟は宗聖をせきたてた。

      夜半、繁華街の中にはたいてい小さなクリニックが開いているものだ。この街にもそういうところがある。5針程度縫った左手を思いっきり包帯でぐるぐる巻きにされた宗聖は化膿止めをもらいおとなしく家に帰った。その夜は傷の痛みと抉られるような兄への思いで寝苦しい時間を過ごした。かすかに眠りついた時は兄と母とが交互に出てきた。また別の時には清楚な浴衣姿で微笑む葵が出てきた。

      宗聖は夢で見るまで、葵が微笑んだところを見たことがないことにおぼろげながら気がついた。

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