晋江文学城
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5、5 「葵?」 ...

  •   「葵?」
      葵が宗聖を仰ぎ見た。
      その頬はばら色に色づき、最善までの親密な時間の余韻を残して、瞳が潤んでいる。
      日曜日の夕方、午後実家から戻った葵を駅まで迎えに行き、そのまま宗聖の家、そしてベッドまで有無を言わせず引っ張り込んだ宗聖が、やっと会話らしい会話を始めた。

      「・・・はい。」伏目がちの葵。
      初めて抱いてから3ヶ月もたつと言うのに、葵は未だに宗聖との会話を恥ずかしがる。いつも他人行儀だ。
      「ご両親に俺のこと話した?」
      「・・・いいえ・・・」
      「・・・そうか。」

      宗聖の言葉はそれで終わった。
      葵は宗聖の質問の真意がわからないので、続く言葉を待っていた。が、何も続きは発せられなかった。宗聖は葵に告げられない暗い秘密に逡巡していた。

      その微妙な空気は葵を戸惑わせた。
      「必ず守る」「全部俺のものだ」 と言われた言葉が、空虚なものに取って代わろうとする瞬間が幾度となくあった。そのたびに宗聖の情熱がそれらを吹き飛ばした。
      それでも葵には宗聖が何かを深く考え、そのことに捉われていることは窺い知れた。

      ―――私ではダメなのだ―――

      そう思わざるを得なかった。
      葵は宗聖の情熱に灼かれながら、遠くにいる宗聖を感じた。

      箱根での夜、葵は宗聖に胸のうちを明かした。まだ、自分の感情が何を示すのかもわからないまま、只側にいたい、という言葉だけだったが。
      だがその思いは日々、大切な感情に変わっている。強く求められて生まれた感情であり、恋愛に未熟な心が暴走した一時の熱情だ、と思おうともした。

      どんなに恋愛に未成熟でも女としての感覚が、そうではないと告げるときもあれば、それが逆にブレーキをかけるときもある。
      そんなブレーキが、今の宗聖の一言でかかった。

      「私、帰ります・・・。」
      「どうして?」
      「明日から仕事ですから・・・。」

      日曜日はいつも夕食を一緒にしてから葵を送り届けるのが習慣になっていた宗聖は、葵の変化を敏感に察知した。
      「葵?」
      「・・・」
      「もしかして後悔してる?」
      「いいえ・・・」
      「じゃあ、怖くなった?」
      「いいえ・・・」
      「それなら、なぜ帰る?」
      「何か・・・考えることがおありのようですから・・・私はいないほうが・・・」
      珍しく、葵が思ったことを口にした。
      「・・・葵?」
      「私は・・・ここにいてもなんの役にも立ちません・・・から。」
      最後は聞き取れないほど小さな声が、宗聖の耳には震えて泣き声のように聞こえた。
      思わず半身を起こした葵を抱きしめる。
      シーツを握り締めたまま、葵は宗聖に包まれた。
      「葵、ごめん。」
      小さく震える肩を宗聖が抱きしめる。
      「今は、まだ何も言えない。だが、葵は俺が守るから。絶対守るから。俺から離れようとするな。」

      葵は涙を浮かべていた。意味のわからない感情があふれ出す。

      「私は邪魔ではないですか?」
      「葵・・・。」
      「居ないほうが・・・。」
      葵には、乱れた心を言い表せるほどの言葉もなく、それに値する経験も知識もない。ただ、ここにはいられない、という思いだけがとめどなくあふれてくる。そしてそれは言葉ではなく涙として形を成した。
      ポロポロと零れ落ちる涙を宗聖は痛い思いで受け止めた。
      「葵・・・泣かないで。」

      葵の幼い心では理解し得ない苦しさが襲う。
      宗聖の複雑な心も受け止められないし、甘えることにも慣れていない。只大事にされているという感覚だけでは、すがり切れない腕がある。その腕が今は葵を抱きしめ、戸惑う心を引きとめてくれている。

      「葵・・・泣かないで・・・。」
      宗聖はその言葉を繰り返すだけだった。
      シーツごと身体を包まれ、宗聖の腕の中に抱え込まれる。大きな体が全身で包み込むように葵を抱きしめた。

      「葵・・・俺から離れようとするな・・・。」

      何かを伝えなければいけないはずなのに、葵の思いは何一つ言葉として出せなかった。もっと男と女のことをわかっていれば出せるのかもしれない。あまりにも葵は幼すぎた。

      宗聖にはそこまで察知できる力はなかった。

      葵が何に戸惑い、何に怯えているのかわからない。ただ腕の中で静かに泣く葵が愛しくて切なくて仕方がなかった。
      結局、そのまま葵を抱きしめて数時間を過ごした。

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