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2、2 ...
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寝室から出ようとした深幸を悟が引きとめた。
「ねえ深幸さん、ほとぼり冷めたら、俺をもう1人の弟にしてくれないかな?」
「まあ、姉を押し倒す弟は欲しくないわ。」
「だって弟でもなければ、貴女に近づくことさえ不可能でしょう?」
「それはそうね。」
「じゃあ宜しく。」
「いいわ。」
「約束・・・証文はキスで。」
深幸は秋芳を惑わせた妖艶な微笑を見せると、悟の頬にキスをした。悟がすかさず唇を捕らえようとするのをかわす。
「ダメよ。」
「わかってます。」
悟は両手を上げ降参のポーズを取る。
「帰るわ。あとは宜しくね。」
深幸はコーヒーテーブルに放っておいた帽子を手に取り、部屋を後にした。フローリングに響いたヒールの音が、残された悟の耳に残った。
「速攻見破られるとはな・・・。」
深幸を見送ったドアを見つめながら漏れたその一言は、悟の諦めの境地を物語っていた。
悟は海藤とは相対する組織の一員だった。正確には父親がだ。深幸同様、わき腹の悟は父親の一族に取り込まれることを嫌って15で家を出た。
悟の心情を汲んだ芸者の母親は、友人を頼れるようにひそかに段取りをしてくれた。
熱海から離れた悟は母の友人の名前を借り、久が原悟として18歳で鎌倉にたどり着いた。
それまでの放浪で、自分の見てくれが商売になることを承知していた悟は、年令をごまかしてホストクラブに勤めた。女という性に子供の頃から慣れ親しんでいたので、売上に窮することはありえなかった。
宗聖はそこに着目した。
悟は宗聖の事情を知らなかった。宗聖もまた悟の事情は知ろうとはしなかった。見る目があったというしかない。
悟は海藤秋芳を始めて店で見かけた直後、宗聖の素性を知った。
宗聖は悟が時々前のホストクラブに通うのをいぶかしみ、小百合の情報網から事実を知った。
只、互いにそのことを話し合ったことも仄めかしたこともない。
悟の母親は熱海の芸者だ。そして悟の父親は、声を大にしてはいえない熱海の実力者。今や政界でも名を轟かせている。
隠し切りたい悟の存在は、悟が熱海を離れたことで安堵をもたらし、離れているが故に不安も増長させたらしい。1年前ホストとして充分な収入を得て、居心地のよい住処を探し始めた時、向うから接触してきた。
その結果が、セキュリティーという名の監視を付けられたこの部屋だった。
悟はホストの仕事を続けている振りをした。事実、ソリチュードを12時にあがると古巣に行って遊んでもいる。
小百合はもちろん、宗聖もそのことは知っていた。
悟は深幸を知っていた。悟も半分は花街で育ったともいえる。熱海の置屋が悟の記憶にある最初の家だったからだ。中学に入ると同時に離れた場所だが、深幸の母親と悟の母親は花街でいうところの姉妹だから深幸の噂も自ずと聞えていた。当時は芸者の娘が大学にいけるということに驚いた記憶がある。深幸の母親に有力なパトロンがいることは知れていた。だがそれが誰かは、誰も何も発言しなかった。悟はその辺りの記憶が曖昧だ。興味のない世界ではあったし、小学生の悟にはもっと子供らしい興味深い日常があった。
深幸の母親は面倒見のよいタイプだった。悟にも優しくしてくれていた。10歳年の離れた深幸のほうがより鮮明に悟を覚えていたとしても不思議ではない。
悟は深幸の出自を知らなかった。深幸もまた悟の父親が誰か知らなかった。
だが昨夜、宗聖が深幸を伴ったことで悟の記憶がよみがえり、深幸の記憶もまた引き出された。そして2人とも、同時に互いの立場を確かめ合う必要に迫られた。
そして、悟が宗聖の側にいることがあまりにも意外であったらしく、たった一晩で悟の事情と都合を調べてやってきた。
油断のならない人だ。
昨夜の宗聖さんのため息が耳元でリフレインされた。
深幸は、悟を信頼するというカタチで、宗聖を助けることを約束させた。それに言及する単語は一切出ていない。全て裏に含みをたっぷり持たせた会話だけがなされた。
代償は・・・悟が望んだ時の海藤のバックアップ。
だが、悟はそれに頼む気はない。
悟が得るものは、血の保障か、血の代償、どちらかしかない。
それは、宗聖が負うものと変わらない。過酷な運命を受け入れなければならない者がここにもいた。