晋江文学城
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30、第28話:約束の場所で ...

  •   留美の病室に近づいていると、なにやら騒がしい気配がした。

      「どうしたんだ?」

      「わからない。まさか留美に何か起きたのか?」

      俺は嫌な予感を抱き、彼女の病室に向かう。

      そこでは神崎先生や他の先生、看護婦たちが慌ただしそうにしていた。

      「どうしたんですか、神崎先生」

      「長谷部君。留美さん知らない?彼女、いなくなっちゃったのよ」

      「いなくなったって?どうしてですか?」

      留美がいなくなった、俺はその言葉に身体が震えた。

      舞が死んでしまった時のように留美を失うのが怖かった。

      俺の問いに彼女は辛辣の表情で、その時の状況を説明してくれた。

      「彼女は事故の記憶を思い出したらしいわ」

      記憶を取り戻した彼女は事故の記憶から混乱状態に陥ったらしい。

      留美が何を思い出したかは全てはわからない。

      だが、先生が聞いた彼女の言葉からは自分を責めるような発言が多かったらしい。

      『舞を殺したのは私自身なの』

      あの日に起きた事故により舞が死んだのは自分のせいだ。

      彼女はそんな内容を繰り返していた。

      『もう、未来に会えない。嫌われちゃう……嫌ぁ……』

      それは違う、と俺はまず思った。

      俺は留美を嫌えない、なぜなら俺はほとんどの事実を既に知っていた。

      舞が自らの命を犠牲に留美を助けたことを。

      事故の後、事故の様子を病院の関係者からも聞いていた。

      片方の少女がもう一人の少女をかばった、と。

      それを知りながらもあの頃の俺は自分を抑えきれずに留美に言ってしまったのだ。

      『……全てはお前のせいだ。なぁ、留美?』

      俺は己の弱さに負けて、留美を責めてしまった。

      そのことが……今回のことにも影響しているのだと思う。

      「俺、留美を探してきます」

      「ええ。お願い。今の彼女の精神状態はかなり悪いはずだから。長谷部君、留美さんを救ってあげて。それができるのは貴方だけよ」

      「わかりました」

      神崎先生に頼まれなくても、俺は行くつもりだった。

      今は一刻もはやく彼女を探そう。

      「僕たちも行くよ」

      雄介たちと共に俺たちは病室から出た。

      「まさかこんな事態になるなんて」

      探すと言っても、心当たりの場所を探していくしかない。

      今、彼女がどこにいるのか、どんな気持ちでいるのか。

      それを思いながら、俺は焦りを感じていた。

      「俺は駅の方を探してくる。未来達は山の方を探してくれ」

      「わかった。行くぞ、未来」

      隆樹が駅の方に向かうのを確認してから、俺たちは村の商店街を抜けていく。

      大丈夫だろうか、そればかりが気になる。

      「未来……お前はどうして神保さんを探すんだ?」

      雄輔がそんな事を言ったので俺は足を止めた。

      「は?何言ってるんだ、雄輔。留美が心配じゃないのか?」

      「……心配だよ、友達としてね。でも、未来はどうして?あの子はお前に会いたくないから逃げたんだろ。だったら、余計に気持ちをしっかりと決めておかないといけない。水崎さんの恋人だった過去。それを踏まえた上でのお前の気持ちはどうなんだ?」

      確かに俺はいまだに留美に対してはっきりと気持ちを明言していない。

      舞に心を縛られたまま、そう見えるかもしれない。

      そして、彼女は舞が自分のために犠牲になったことを悔やんでいる。

      だけど、それはもう過去の話、今の俺に大切な相手は舞ではなく、留美だと思っている。

      「俺はアイツが好きだ。好きなんだよ。だから、探す。許す、許さないなんて問題じゃない。今の俺にとって大切な女の子なんだ」

      俺は留美が妊娠していることを告げた。

      さすがにこれは雄輔も驚いた表情をしていたが、やがて呆れて苦笑しながら、

      「お前、待たせすぎだろ。いくらなんでもひどすぎだ」

      「ああ。俺もそう思うよ。でも、アイツは待ってくれた。諦めないでくれた。傷つけてばかりの俺を好きでいてくれた」

      「ちゃんと言葉にしてやれよ」

      「わかってる」

      雄輔は梓たちにも連絡をつけて、合流するらしい。

      彼と別れて、俺は心当たりのありそうな場所を探し続ける。

      学校、公園……他に留美が行きそうな所はどこだろうか。

      俺は今までアイツといった場所を思い出す。

      「……ダメだ。どこにもいない」

      よくよく考えれば俺は舞のことに熱心になりすぎていた。

      留美の事は思い出として残っていても、それは常に舞と一緒だった。

      だから、彼女固有の思い出はほとんど思い出せない。

      ふと、頭の片隅にあるかつての留美の言葉を思い出す。

      『私さ、ホントはずっと前から知ってた。中学1年生の舞の誕生日、未来が舞の事好きだって知った。多分、その時から舞も好きだったんだよね』

      もしかして……留美はあの場所にいるのか?

      留美には俺と舞が一緒にいるところを何度も目撃されていた。

      つまり、それは必然的に彼女もあの場所を知っているということだ。

      直接確認したわけじゃないけれども。

      『るーちゃんは連れてこなくてよかったのかな?』

      『俺が連れてきたかったのは舞だから。留美は……また今度連れてくるから。だから、それまでこの場所は2人だけの秘密にしよう』

      中学の舞の誕生日、という事はあの会話を留美が聞いていた可能性がある。

      俺が舞に対してついた嘘、それを聞かれていた、信じてくれていたとしたら。

      「行ってみるか」

      俺はあの場所へと急いで向かう、留美はいるだろうか、どんな顔をしてあえばいいのか。

      そんな不安はもうなかった。

      ……数分後、俺はついに留美を見つけることができた。

      彼女は道の途中でしゃがみこんでいる。

      体調不良で入院していた身体だ、大丈夫か、心配になり俺は留美のもとへかけよる。

      だが、彼女は特に異常も無くただ眠っているようだった。

      「……よかった」

      顔色も悪くないようだし、俺は一安心して、皆に連絡をする。

      病院と雄輔たちに留美が見つかったことを連絡した後、俺はまだ眠り続けている留美の様子を眺めていた。

      3月とはいえ、身体が冷えるだろうと俺は自分の上着をかぶせてやる。

      しばらくすると、彼女は薄っすらと瞳をあける。

      「おはよう、留美。可愛い寝顔して寝ていたな」

      「み、未来!?どうしてここにいるのよ」

      留美の驚いた声、彼女にしてみれば俺がここに来るとは思ってなかったのかもしれない。

      俺はそんな彼女を安心させるためにその身体を抱きしめてやる。

      留美の身体すっかりと冷え切っていた。

      「未来……」

      「探したんだぞ。お前、どこにもいないからさ。すごく探した……心配してたんだ」

      「……うん。ごめんなさい」

      しゃがみ込んで抱きしめている俺の腕の中で、彼女は視線を下に向ける。

      だが、やがて彼女は俺に言った。

      「……どうしてここがわかったの?」

      「お前と……いや、まぁ、直接約束したわけじゃないけどさ。ずっと前にここで、舞と話してたの聞いてたんだろ?だったら、その時に言った事を思い出したんだ」

      留美にとってはいい思い出ではないと思う。

      それでも彼女は覚えていたんだなと思うと何も言えなくなってしまう。

      「留美に見せたい場所があるんだよ。ついてきてくれるかな」

      「見せたい場所って?」

      「すぐそこだよ。目の前のここが俺の秘密の場所だ」

      俺は彼女の手を握り、立ち上がらせた。

      そして、その手をひいて俺はようやくこの場所に彼女を連れてきた。

      彼女の様子を横目に見ると、泣いていたのでドキッとする。

      ちょうど、夕焼けの時間帯になってきたので俺は湖の方を指差した。

      「景色も最高なんだけどな。それよりも、ここから見える夕焼けが1番綺麗に見えるんだ。ほら、湖の方を見てみろよ」

      「あ……すごい……」

      留美はそう声にして景色を見ている。

      いつもにも増して今日の夕焼けは綺麗だ。

      「景色を見て初めて美しいって思った。この村にもこんな綺麗な場所があったんだ」

      だけど、その姿はとても悲しそうに見えた。

      それは俺たちを幻想の世界から現実の世界へと連れ戻す瞬間。

      「未来、あのね……私は貴方に話があるんだ」

      「俺もあるよ。先に留美の話から聞かせてくれるか?」

      彼女は深呼吸ひとつしてから俺を見上げ、ストレートの長い髪がそよ風に揺れる。

      春の匂いがもうすぐそこまで来ている、そんな風に包まれながら留美は言う。

      「私は……未来が好き。本当に生まれて出会ったときからずっと大好きでした」

      留美の告白に俺は衝撃を受けた。

      「好き」だと言われた事の嬉しさと、“でした”と自分の中で過去系にした留美の覚悟に悲しさを感じた。

      俺は留美に言ってあげないといけない、過去になんてさせない、と。

      「俺も留美が好きだ。“でした”じゃなくて今この瞬間もな」

      俺はそのまま留美の唇を奪う、こうして唇にキスをするのははじめてだ。

      「……んぁ……」

      留美が俺に対して思い続けてくれた十数年間。

      彼女も次第に俺を求めるように唇を重ねてくる。

      ようやく唇を離した後彼女は嗚咽をもらしながら泣き出してしまった。

      「なんで……っ……未来はいつもそうなのよッ!」

      そして、怒ってるようにも見える。

      泣くのか、怒るのかどちらかにすればいいのだろうが今の彼女の気持ちは両方だろう。

      見えるというのは言葉は怒ってるのだけど、表情も勢いも何もかもが弱々しいからだ。

      雨に濡れてしまった子猫のような弱さ。

      「諦めたいのに……いつもそうして希望を与えてッ!……期待しちゃいけないってわかってるのに……何度も期待させる……」

      俺は「ごめんな」と、ふわっとした彼女の髪を撫でる。

      子供をあやすようにそうしてやると、留美は落ち着いたのか泣き止んだ。

      だが、表情は相変わらず暗く、涙に赤くはれた瞳が俺をとらえていた。

      「……未来。私は……舞を殺したの。私をかばったから舞が死んだんだよ。未来の言うとおりだった。私が全て悪いんだ……」

      「違う。留美は悪くないから……留美が悪いことなんて何もない」

      舞も留美が悪いなどとそんな事を思ってるわけがない。

      「でも、私がいなければ!私が死んでいれば舞だって生きていたのに!未来の幸せを守ることができたのに……私がいなけ……れば……!?」

      俺はそれ以上自虐的な言葉を言わないように留美の唇をもう1度ふさいだ。

      それが……俺の出した答えだ。

      「俺は留美をそういう風には思ってない。自分がいなければなんていうな。前にも言ったように、俺は留美が生きていたことはよかったと思ってる」

      「でも……でも、私は……」

      「留美の言いたいことはわかる。俺だって、できることなら舞にも生きていて欲しかった。だけど、それはもう過去なんだ……。舞は死んでしまった、もう戻ってこないのだから。だから、俺たちは今を生きよう」

      文字通り、舞の分まで生きるのが彼女にできる俺たちの行動だと思うから。

      薄っすらと夕闇が空を支配していく中で、彼女は消え入るような小声で言った。

      「私が……傍にいてもいいの?私でもいいの?」

      俺はためらうことなく「ああ」と答えてやる。

      彼女は……ようやく微笑して、俺に抱きついてくる。

      それが何だかとても愛おしく思えて、頬にキスする。

      「……いっぱい傷つけて苦しめてしまったな」

      「うん。未来はひどいよね、平気で私を傷つけてた。でも、それでも私は未来が好きなんだ。何度も、諦めようとしたけれどできなかった」

      夜空を見上げると夕闇と暗闇の交じり合う幻想的なまるで魔法のような色の空だった。

      何だか舞が見守ってくれるような気がした。

      今は……目の前の女の子を大切にするよ、舞。

      「子供の事、俺たちの両親に話そう。これからどうするか、決めないといけないし」

      「大学はどうするの?」

      「留美、俺の幸せは……大学に行くだけじゃないんだ。留美とお腹の子、3人で一緒にいられることだと俺は思う。俺と一緒に生きて欲しい」

      これからの生活はもちろん大変だろう。

      だけど、それでも俺は後悔しない生き方を選んだ。

      「未来……未来ってホントそういうカッコいいセリフ似合わないよね」

      「ほっとけ。ていうか、今、ここは感動するシーンだろ?」

      留美は「だってホントに似合わないだもん」と屈託のない満面の笑みをしながら言う。

      俺は苦笑しながらも、留美の“幸せ”な微笑みに見惚れ続けていた。

      病院に帰ったあと、俺たちは神崎先生や雄輔たちに出迎えられた。

      先生はしきりに留美の体を心配していたが、特に異常が見られないと安心していた。

      そして、俺は留美の病室の前で神崎先生と会話していた。

      「なんだか留美さんの笑顔が自然に見えたわ。これも長谷部君が告白したからかな」

      「からかわないでください。俺は……俺の気持ちを伝えただけです」

      「そうね。これからのことは決めたの?」

      「いえ、ただ……アイツと一緒に生きていくという事だけは決めましたけどね」

      先生は「それだけ十分よ」と笑いながら俺の肩をたたいて、病室を去っていった。

      俺が病室に戻ると、留美はもうベッドで寝かされていた。

      「身体はどうだ?」

      「ちょっと冷えちゃっただけ。皆心配しすぎなんだよねぇ」

      こうして、軽口を言えるなら問題はないだろう。

      「その前のお前の行動から、心配してくれたんだよ」

      「わかってる。いろんな人に迷惑かけちゃったから」

      「それはまた元気になってからお礼言わなくちゃな」

      今回のこともそうだけど、俺たちはまだまだ子供なんだなって思った。

      でも、俺たちはもう大人にならないといけない。

      生まれてもくる子の事や責任を背負うためにも。

      留美は落ち着いた表情で俺の顔を見ながら、

      「私ね……、ずっと舞を羨ましいって思ってた。ずっと好きなのに、私に見向きもしてくれない。そんな未来がずっと見ていた女の子だったから」

      「……そうだったのか。ホントにごめんな」

      「でも……嫉妬して当たり前だよね。舞は皆から愛されていたもの。未来だけじゃなくて、みんなに……」

      「そうだな。だが、今回の事でわかったろ?お前も愛されてるんだよ、みんなにな。俺だけじゃなくて、お前のことを心配してくれた人はたくさんいただろ」

      「そうだね。私は今になってそれがようやくわかったの」

      留美が俺にキスをねだったので唇を重ねてやる。

      唇を離したあとの留美の表情は満たされていた。

      「私、未来を好きになってホントによかった……」

      それは人を愛する辛さと幸せを知った留美の本音の言葉。

      「人は人を愛するもの。俺もお前を好きになれてよかったと思う」

      1人ではなく、最も信頼のできる相手と共に過ごせる時間こそが幸せだから。

      数日後、俺たちは高校の卒業式を迎えていた。

      あの後、俺たちは両親に結婚すると宣言した。

      俺の両親は子供の話をすると最初は反対するような意思はあったが、それでも最後は彼らは理解者でいてくれた。

      留美の両親にはそれなりに緊張して言ったのだけど、おじさんもおばさんも大喜び。

      どうやら、俺が留美と一緒になる事が彼らの望みでもあったらしい。

      留美もさすがに苦笑いしていたけれど、祝福された事は素直に嬉しかった。

      俺の将来の方も方向性としては決まった。

      俺は大学進学をやめ、就職をすることにした。

      留美のおじさんの友人が、自分の老舗旅館の後継者を探していたらしく、俺はその人の所へ弟子入りのような感じでお世話になる事になった。

      村の外へと出て行くことにはなるが、留美と一緒に暮らしていける事に俺は喜んだ。

      世界は俺たちをうまく導いてくれている。

      「おーい、未来、神保。皆で写真とるぞ」

      校門の前で手をふる隆樹の姿。

      雄輔、梓と悠里もすでに集まっていた。

      俺は留美を傷つけてきた、これからはその分、彼女を愛していきたいと思う。

      それが俺と留美の“約束”だと誓って。

      【 To be continue… 】

      ☆次回予告☆
      明日に繋がるその命。
      命があるから人は生き続ける。
      あれから4年。
      再び、彼らはあの少女の前に帰ってきた。
      新しい小さな命を連れて。
      【エピローグ:未来(あした)を見つめて…】
      好きな人と共にいられる幸せ。
      そして、俺たちは前に歩みだす。

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